お正月やお盆と聞いて、
どんな風景を思い浮かべるでしょうか。
日常の延長のように静かに過ごす家族。
年に一度、必ず親戚が集まる特別な日。
その家ならではの料理が並ぶ食卓。
同じ「お正月」「お盆」という言葉でも、
その中身は家族ごとに本当にさまざまです。
楽しみにしている人もいれば、
仕事が忙しくて、正直あまり好きではない人もいる。
どれが正しくて、どれが間違い、という話ではありません。
我が家の正月の風景
私の家では、正月になると毎年ブリを食べています。
主人の実家が港町で、昔から正月には必ずブリを食べていたからです。
一方で、私が育った家の正月は、
祖母が作ってくれたおせち料理が並び、
そこには必ず鯛がありました。
何を食べていたかは違っても、
振り返ってみると、両家には共通点もありました。
どちらの家も商売をしていて、
年末まで忙しく働き、
正月は一日か二日だけ休んで、また仕事に戻る。
そんな暮らしをしていたことです。
だからこそ、正月は
長く休む日というより、
ほんの少し立ち止まる、特別な日だったのかもしれません。
子どもの頃の私は、
その特別な日に食べられるごちそうを、毎年楽しみにしていました。
忙しい毎日の中で、家族がそろって食卓を囲む時間が、
なにより嬉しかったのだと思います。
そしてその感覚は、
実は主人も同じだったことを、あとから知りました。
家族の「当たり前」は、自然と受け継がれていく
今では、うちの長男と次男も、
毎年クリスマスが過ぎる頃になると、決まって聞いてきます。
「今年はブリ、ある?」
特別に説明したわけでも、
約束をしたわけでもありません。
ただ、毎年そこにあったものが、
子どもたちにとっての「正月の風景」になっているのだと思います。
何を食べるか以上に、
どんな時間を大切にしてきたかが、
家族の中で静かに受け継がれていくのかもしれません。
結婚すると、違いははっきり見えてくる
結婚や真剣交際に進むと、
こうした「過ごし方の違い」は、よりはっきりと見えてきます。
- 行事を大切にする家族
- 仕事優先で淡々と過ごす家族
- 親戚づきあいが濃い家族
- 最小限の関わりを心地よいと感じる家族
どれも、その家族にとっての「普通」。
でも、自分の普通と相手の普通が違うとき、
そこに戸惑いやしんどさが生まれることもあります。
最後に
合わせることより、知ること。
そして、その先で、二人にとって無理のない過ごし方を育てていけること。
お正月やお盆は、
家族観や価値観が浮かび上がる時間でもあります。
違いをなくす必要はありません。
でも、違いを知らないまま進むより、
知った上で、二人で選んでいける関係であること。
それが、
長く続く安心につながっていくのだと思います。




